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第98話 村と水利

更新日:2014年5月1日
 

 愛らしい苗が水田にそよぐ季節となりました。農業の主となる稲作の用水確保は、村々にとって最重要課題で、町域でも水論(水争い)の記録が3件残っています。
 原には延宝4(1676)年8月の、事細かに書き込みされた「水論立会絵図」が残され、享保11(1726)年8月の木間生村・木津村水論でも、奉行所の指示により立会絵図が作成されています。
 元文4(1739)年5月には、南・北田原両村が「新規用水溝切抜分水約定書」を取り交わしています。
これは、屏風岩すぐ下の大井の井堰から取水する割合を、北田原村六分・南田原村四分と取り決めた証文です。
北田原村が取水していた下堰が、幾度も大破し復旧できなくなり、上堰までの用水溝新設計画が持ち上がりました。用水溝新設は南田原村にも大きな影響があるため、水論となったのです。後年、明治16(1883)年5月の干ばつ時に再び水論がおき、直後に現在の石積みに改造、用水配分割合は現在も守られています。

《読み方》 村と水利=むらとすいり、苗=なえ、水田=すいでん、主=しゅ、稲作=いなさく、用水確保=ようすいかくほ、村々=むらむら、水論=すいろん、水争い=みずあらそい、延宝=えんぽう、事細かに=ことこまかに、水論立会絵図=すいろんたちあいえず、享保=きょうほ、木間生村=こもおむら、元文=げんぶん、新規用水溝切抜分水約定書=しんきようすいこうきりぬきぶんすいやくじょうしょ、取り交わし=とりかわし、井堰=いぜき、取水=しゅすい、割合=わりあい、六分=ろくぶ、四分=しぶ、下堰=しもぜき、大破=たいは、上堰=かみぜき

(写真屏風岩の井堰 )

(写真)屏風岩の井堰

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