現在の場所

第129話「地名は文化財(続)」

 昭和30(1955)年に猪名川町は北部の六瀬村と南部の中谷村の合併によって誕生しました。
 「中谷」の名称は明治22(1889)年の町村制施行時に、西谷(宝塚市)と東谷(川西市)に挟まれた中央部にあるからと名付けられたものです。
 「六瀬」の名称は古くからあり、鎌倉初期には既に記録上で見られます。多田院御家人にも六瀬将監行弘という名が見えます。六瀬村々と一括して呼ばれることもあり、結束も強かったのでしょうか。由来は、猪名川上流の六つの川瀬にちなむとされます。
 六瀬村々の一つ「杉生」は、“通り過ぎる所”また“真っ直ぐな地”が由来かと考えられています。
 また、町中央部の「木間生」は、“マコモが生育する所”の意と推定されます。マコモ(真菰・真薦)はイネ科の大形多年草で、水辺に大群落を作って生えます。葉はムシロにし、実と若芽は食糧になります。木間生に南隣する木津では、縄文遺跡の存在の可能性が濃厚です。縄文人はマコモを常食しており、木間生から木津にかけての川辺に群生するマコモを、大事な食糧としていたのでしょうか。
 猪名川町には、大字だけでなく、小字名にも由緒のある地名がたくさん残っています。
たとえば、原の「郷蔵垣内(郷蔵のあった場所)」「焼山(焼畑農業が行われていたと推測)」
紫合の「神子ケ谷」などです。
 地名は日本人の姓とも深い関わりがあり、その土地の地形や地質、歴史などを表しています。
 地名の由来を考え、いにしえに思いを馳せるとともに、大切な文化財として後世に伝えていきたいものですね。

《読み方、注釈》
六瀬=むつせ、将監 =しょうげん、杉生=すぎお、木間生=こもう、大字=おおあざ、小字=こあざ、郷蔵 =ごうくら、焼山=やきやま、紫合=ゆうだ、神子ケ谷=みこがたに

(写真:木津地域で採集されたサヌカイト製の石ぞくの一部)

(写真)石ぞくの写真

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