町域の80%は森林です。その豊かな自然は木材や竹、果実や茸などを提供し、人々の暮らしを支えてきました。樹木は建材、道具や薪炭の材料として、山の下草は家畜の餌や肥料として活用され、町内に多い雁皮は和紙の材料として利用されてきました。また町域は動植物の宝庫でもあり、貴重な植物群としては「ノハナショウブ群落」「ナンバンギセル群落」「湿原植物群落」「ホソバタブ群落」などが確認されています(昭和60 年前後の調査による)。動物相では、特別天然記念物のオオサンショウウオやモリアオガエルが生息するのをはじめ、カワガラス・カワセミ・ヤマセミ・サンコウチョウ・オオルリなどの鳥類や、国蝶オオムラサキを筆頭に多彩な昆虫類が観察されています。
この様な豊かな動植物相が保たれてきた要因の1つに、地域の人々が大切に守り維持されてきた鎮守の森や里山があげられるでしょう。
『多田神社文書』に応安4(1371)年7月に出された2通の文書があります。これは前年10 月の佐々木道誉(高氏)による多田庄内の猪淵・山原両村の山河での殺生を禁じた書状を受けたものです。7月5日付文書は多田院の政所代から出されたもので「多田院領猪淵村・山原村山河殺生禁断ノ事」とあります。7月13 日には塩川仲衡、仲章連名で同様の書状が出され、これには「故道阿禅門之菩提ノ為ため」という一文があり、仏教の教えに沿ったものとわかります。このような殺生戒が人々の心に浸透したことも、豊かな自然を守ることに繋がったことでしょう。
《読み方》
茸=きのこ、薪炭=しんたん、雁皮=がんぴ、鎮守=ちんじゅ、「多田神社文書」=ただじんじゃもんじょ、応安=おうあん、道誉=どうよ、多田庄=ただのしょう、猪淵=いぶち、殺生=せっしょう、政所代=まんどころだい、仲衡=なかひら、仲章=なかあきら、道阿禅門=どうあぜんもん、菩提=ぼだい、殺生戒=せっしょうかい
▼写真上=オオサンショウウオ、写真下=モリアオガエル