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第41話 鉱山の交流と甘露寺

更新日:2014年5月1日

(写真)日本山海名物図会に紹介されている鉱山での採掘風景

多田銀銅山の間歩(坑道)は寛政11(1799)年の記録では新旧合わせて三千余、その一部が稼業しているとあります。銅を主に、銀・鉛・紺青や丹土等の各種顔料、その他多種の鉱石が産出されました。黄金と等価だった紺青については、桃山時代、豊臣秀吉が御用絵師の狩野山楽に紺青山の採掘権を与えたという朱印状が町内に残っています。多田銀銅山の数カ所の紺青山のうち、これは川西市若宮の山と推定されます。
各地の鉱山へ移動する自由を持つ下財(鉱山労働者)山師(採掘事業者)吹屋(精錬業者)によって全国の山々は結びつき、技術の伝播はもちろん社寺の勧請も盛んでした。
落盤や出水などの危険と重労働で、江戸時代の平均寿命は30数歳ともいわれる下財達は、銀山町にあった観音寺や甘露寺に深い信心を寄せていました。寺伝に古代、伊勢から勧請とある甘露寺はまた、慶長年間に伊勢治田鉱山へ勧請され深い交流と信仰がうかがわれます。(写真:日本山海名物図会に紹介されている鉱山での採掘風景)

《読み方》
間歩=まぶ、寛政=かんせい、稼業=かぎょう、紺青=こんじょう、丹土=につち、顔料=がんりょう、黄金=おうごん、等価=とうか御用絵師=ごようえし、狩野山楽=かのうさんらく、紺青山=こんじょうやま、朱印状=しゅいんじょう、若宮=わかみや、下財=げざい、山師=やまし、吹屋=ふきや、精錬=せいれん、勧請=かんじょう、落盤=らくばん、出水=しゅっすい、観音寺=かんのんじ、甘露寺=かんろじ、治田鉱山=はりたこうざん

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