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第143話「文政十二年、炭販売の取り決め」

  槻並の民家に、文政12(1829)年2月に書かれた「炭一件村方約定一札」という古文書が残されています。
  これは、池田本町の炭問屋辰巳屋善兵衛と村方の生産者達が、炭の販売について取り決めをした証文です。文末には「右之通り郷中一統取極之趣承知仕、一同連印仕候」とあり78人の名前と印があります。
  内容を見ると「この度の上炭と諸炭の売り捌きについては、昨年11月に一同立ち会いで村々が取り決め辰巳屋善兵衛方へ炭を納品することになっていた」と始まります。続けて「ところが村によっては徹底せず、自然とほかの村でも約束が守られないこととなってしまった。幕府への納税にも差し支えが出て、辰巳屋も、約束通り納品されないのなら店を引き払うと度々言ってきた。そうなると炭の値段も必ず下がってしまうだろう。であるから、再度一同で取り決めたことはそのまま村々でも規則として厳守するように。今後1駄でも別業者に売る者があれば村方で注意し、聞き入れなければ組合・郷合から役所へ届け出て裁決してもらうこと。」などと取り決めています。また取り決めを守らない者で、「山を持っていない者には以後用材を売らないこと。山持ちには郷合で協議の上、役所の指示を仰ぐこと。」「先金・敷銀を借用しながら、炭を出さない者は、村役人が吟味し、きちんと納品させるように。」ともあります。
   町周辺は多田銀銅山の製錬用薪炭が大量に必要とされたこともあり薪炭生産が盛んで、元禄期には40数軒も炭屋があったという池田から「池田炭」として流通していました。しかし文政期には生産者と問屋との対立が表面化、文政11年には広根村他が売方自由となり、価格を抑える池田より大坂の炭問屋との直接取引をしていくようになるのです。

 

読み方、注釈
炭一件村方約定一札=すみいっけんむらかたやくじょういっさつ、郷中一統取極之趣承知仕=ごうちゅういっとうとりきめのおもむきしょうちつかまつり、仕候=つかまつりそうろう、捌き=さばき、度々=たびたび、1駄=いちだ、郷合=ごうあい、先金=さききん、敷銀=しきぎん、吟味=ぎんみ

炭の運搬(『摂津名所図会』より)

炭の運搬(『摂津名所図会』より)

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