現在の場所

第120話 「阿古谷小学校のあゆみ」

 今春3月をもって町立阿古谷小学校が閉校となります。140年の歴史を持ち、地元の人々に愛され支えられてきた学校でした。
 阿古谷小学校は明治6(1873)年2月12日、上阿古谷村の龍雲寺にて開校しました。教員は同寺の僧侶稲田玄光が任命されています。当時、すでに龍雲寺で寺子屋が開かれていたのかも知れません。
 明治5年8月、明治政府は学制を公布し、それまでの藩校や私塾・寺子屋などを廃止して、小学校を全国に設置しました。
 阿古谷小学校は上下阿古谷と民田の3村によって設立されました。学制では「学費ハ一切官給ヲ仰グベカラザルコト」として、建営費はすべて地元負担でした。
 明治10年の阿古谷校は、教場8室、教員2人、生徒40人(男25人、女15人)で、授業料は徴収されました。同13年6月には新校舎が落成し新築経費327円50銭はすべて寄付金でまかなわれました。同33年に現在地に校舎を改築落成、旧紫合校の建材を再利用し敷地は寄付されています。
 同35年、保護者会の始まり「教育懇話会」を開催、同38年「母の会」となり参加176人、翌年には193人参加の盛況でした。
 同44年の校舎増築時には、落成式後に相撲大会や蓄音機の演奏会が開かれ、地域の人々も共に楽しみました。
 大正9(1920)年中谷・阿古谷農業補習学校を付設、同15年には青年訓練所を付設。昭和16年「国民学校令」公布により阿古谷も国民学校となり、同18年には勤労奉仕の法制化で阿古谷からも女子2人が園田村(現尼崎市)の軍事関連工場へ入所しています。
 昭和22(1947)年には町域の学校に育友会が設置され、同30年の猪名川町発足時、阿古谷小学校は複式学級の2学級でした。
 平成元年度には児童数91人6学級、24年度は児童数45人4学級となり、25年度から子どもたちは松尾台小学校へ通うことになりました。

《読み方、注釈》
上阿古谷村 =かみあこたにむら、龍雲寺=りゅううんじ、稲田玄光=いなだげんこう、民田=たみだ、学費ハ一切官給ヲ仰グベカラザルコト=がくひはいっさいかんきゅうをあおぐべからざること、阿古谷校=あこたにこう、旧紫合校=きゅうゆうだこう、中谷=なかたに、園田村=そのだむら

(写真:阿古谷小学校沿革誌)

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