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第112話 「中谷村の成立2」

 「中谷村」の名称は、西谷村(現宝塚市)、東谷村(現川西市)の間に村域があることから付けられました。
 明治21(1888)年4月公布の市町村制では、戸数3百戸から5百戸(国の基準)に、兵庫県では7百戸を目安に、町村規模を拡大するよう町村合併が進められ、翌22年に中谷村は6百戸余で発足したのです。
 同21年9月に新村区域の原案ができた時、六瀬村所属となった槻並村と万善村は、六瀬村から中谷村へ所属変更希望を出しました。近世から明治13(1880)年までは紫合グループに属していたことなどが理由でしたが、認められませんでした。
 中谷村役場の組織は、選挙・統計・農事・学校・庶務・土木関係などを扱う「第一掛」、戸籍・兵役・衛生関係などの「第二掛」と、「収税掛」「収入役」に分けられていました。
 村会議員の定数は人口に準じて12人となり、それまでの議員数に比べごく少数となりました。
 町村の国政への関与は認められず、条例の制定・改廃に関する議決の施行には内務大臣の許可が、また、規則の改廃には郡参事会の許可が必要となりました。

≪読み方≫
槻並=つくなみ、万善=まんぜん、六瀬=むつせ、紫合=ゆうだ、掛=かかり

(写真:村会議案および成議録綴り)

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